(前回の続きから)

 

 巨大怪魚に襲われ怪魚が放つ火の雨をかいくぐって逃げたのび太は、爆発で舞いあがった海底のドロの中に身を潜めた。ただ闇雲に逃げ回るのではなく怪魚の視界から身を隠しそのままやり過ごそうとしたのだ。幽霊船への恐怖から船の外でひとりぼっちとなり、突然現れた怪魚に船のマストをへし折られ、ドラえもんの名を大声で叫びながら逃げ回るという散々な目に遭ったのび太だが、ドロの中に身を隠していると不思議なことに恐怖の感情が薄れていった。気が動転しているのかどうやって助かるかよりも、どうしてこんな目に遭うのかという不満の方が頭の中に先立つのだ。のび太らしいというべきか、襲ってきた怪魚を憎むよりも助けに来ないドラえもんのことに腹が立っていた。自分の身を守るために恐怖の感情に支配されないようのび太が自分に言い聞かせているのか、のび太はドロの中でじっと我慢をして怪魚がいなくなるまで息を潜めた。

 

「おーいのび太、帰るぞォ!」

のび太さあん」

「返事しないと置いてっちゃうぞ」

 

 どれほどの時間が過ぎたのだろう。怪魚の気配が消え、聞き慣れた声がのび太に届いた。のび太はありったけの声で返事をするが、自分でもわかるほど情けない声を出してしまった。声を聞きつけたドラえもんがすぐ近くにまで来てからのび太はドロの中から姿を現し、幽霊船が怖くてドロの中に隠れていたのかと問うドラえもんに、のび太は向きになって答えた。

「とんでもない!! でっかい魚に追いまわされてたんだぞ」

「後楽園球場ほどある怪魚がゴオゴオと火を吐いて襲ってきて、もう少しでやられるところをもうもうとドロが舞いあがって、そのドロに隠れてやっと助かったんだ!!」

 言葉を尽くして説明しても、昨日のび太しか見ていない巨大イカの存在を皆が見間違いだと思っている状態では、巨大怪魚のことを信じてもらうには分が悪過ぎた。しずかでさえ深海の生物はナマコやヒトデなどの小動物しかいないと学習したばかりで、後楽園球場ほどの巨大怪魚…と聞かされては笑い顔をのび太に見せては悪いと横を向くのが精いっぱいだった。ちなみにドラえもんは遠慮なく笑った。口に手を当てて遠慮した風を装っていたが、しずか、スネ夫ジャイアンに振り返りつつ、右手でのび太を指さして笑うのだから友情に亀裂が入ろうというものだ。

 誰からも話を信じてもらえないのび太はそれでも皆に信じてもらおうと叫んだ。

「ほんとなんだってば!!」