(前回の続きから)

 

 アトランチス連邦所属、無人戦闘艦バトルフィッシュは単一モデルで構成された領海内の治安維持を目的として生産された戦闘艦である。七千年前、ムーとアトランチスは際限のない軍拡競争を繰り広げており、アトランチスは首都近郊の絶対防衛と大西洋領海内の敵勢力駆逐を目的とした国家プロジェクトを立ち上げた。アトランチス首都をバリヤーで覆い、二十四時間無人で行動可能なロボット戦闘艦を運用する計画である。ムー連邦よりも絶対的な軍事優位に立つことを目的にアトランチスは総力をあげて邁進し、バトルフィッシュの無人化計画(もとよりバトルフィッシュは有人で運用可能な船であった)には最新技術が惜しみなく使われた。ムー連邦側を駆逐する際にアトランチス連邦内の通商活動まで破壊しては意味がない。敵味方の別を瞬時に判別する技術はアトランチスの国家機密として厳重に保護され、試験運用、実戦投入、理論値と結果正解率の向上と飽くなき挑戦を続けた。わずか数年の開発期間で電波返信等に頼ることのない非アトランチス人への威嚇及び攻撃行為を実装した無人戦闘艦バトルフィッシュが完成した。その時の政治情勢に応じて威嚇行為から即時抹殺まで、アトランチス連邦の領域内で活動するムー連邦の工作員たちをバトルフィッシュは一掃した。アトランチスが消滅し七千年が経った現在でさえ、非アトランチス人と判別するバトルフィッシュのAI思考パターンは解明されていない。ただ一つ判明していることは、陸上人に対しては不干渉を基本としていることだ。ムー連邦が陸上人に干渉しない政策と理由を一にしているかは不明だが、バトルフィッシュが陸上人を襲うことは基本なかった。七千年前の陸上人の文明レベルでは海上移動にいかだや丸太船を使用していたのだから、相手にされていなかったのが実情だろう。もし陸上人を攻撃対象とするバトルフィッシュが存在するのなら、それは陸上人の文明レベルがアトランチスの脅威となり得ると判断されたか、ムー連邦と何某かの接触をして同類だと判断されたかのどちらかであろう。

 ——七千年。

 ムー連邦の極端ともいえる鎖国政策は、ひとえにバトルフィッシュとその背後にある無人防衛システムへの恐怖により生まれている。現存するバトルフィッシュの個体数は確認されただけでも500体を超え、全体の9割以上は大西洋内で活動しているが、極まれに太平洋上に出没する。アトランチス本国からバトルフィッシュへの指令は七千年まえから変更されておらず、アトランチス領海内の哨戒活動であり、ムー連邦本国への侵攻作戦は意図されていない。ただそれも現状そうだというだけで、マリアナ海溝から海底人の活動圏を広げていけば必ずバトルフィッシュと遭遇してしまうだろう。思わぬ遭遇戦から局地戦が始まり、戦力が逐次投入され大規模戦闘へと発展した場合、どこかのタイミングでアトランチスは戦略兵器を使用する。死者の国であるアトランチスには交渉の余地がなく、対話できるチャンネルは戦略兵器である鬼角弾の配備終了後はすべて閉ざされ、一方的な恫喝とアトランチスへの服従を誓わせる要求のみがムー連邦に届くようになった。現在のムー連邦では子供たちへの教育で「何千年も人間同士で血みどろの争いを続ける陸上人」と教えているが、自分たちも同様の歴史を歩んでいた。ムーの歴史書ではアトランチスは自国領土内での鬼角弾発射実験の事故により滅亡したと記されているが、実態は不明である。確かなことは大西洋に存在したアトランチス連邦の首都は鬼角弾の事故によりアトランチス人の致死量をはるかに超える放射能で汚染され、首都絶対防衛のバリヤーにより他方には被害が及ばず、世界は戦略兵器による人類滅亡の危機を脱した——かに思われたが、アトランチスが秘匿していた自動報復システム『ポセイドン』により、アトランチス滅亡後も何一つ変わらない日常を送っている。ムー連邦にとってポセイドンの無力化は悲願となり、バトルフィッシュの鹵獲解析は国家を挙げての至上命題となり、機械が思考するAIという概念は悪そのものになった。ムー国境警備隊の巡視艇搭乗員の殉職率の高さはバトルフィッシュの戦闘力もさることながら無傷に近い生け捕りを要求されることがある作戦難易度の高さからもきている。バトルフィッシュには戦闘中に仲間を呼び寄せる特性があり、よほどの好条件(大西洋から離れている。仲間を呼ばれる恐れがない。逃走されても地の利がムー側にある……等々)がなければ捕獲作戦は実行されない。過去に大量のバトルフィッシュを呼び寄せてしまい、失敗した作戦事案があったからだ。

 そして今、好機が訪れていた。

 

 のび太を襲ったバトルフィッシュは幽霊船のメインマストを体当たりでなぎ倒すと大きく旋回して逃げるのび太を執拗に追い回した。岩陰に隠れるのび太を追いやるようにビーム攻撃をしかけ、逃げるのび太を弄ぶ。その姿は人間を狩ろうとするのではなく、のび太をエサに何かを呼び寄せようとしてるようにも見えた。

 

「対人ビームを散らして撃っている。長官の予想通り、陸上人を殺す気はないようだ」

「助けに来ないとビームを当てるぞと誘っているようにも見える。過信は禁物だ」

 のび太が巨大怪魚……バトルフィッシュによる襲撃を受けているさなか、ドラえもんたちが探索した沈没船の周辺には13機の巡視艇が海底の風景に擬態して潜んでいた。ムー連邦が所有する対バトルフィッシュ戦力である巡視艇全60機の内、首都防衛と領海巡視の任に当たる40機を除いた20機中の13機が出動していた。ハワイ沖に設営したのび太たちのキャンプ地は6時間ほど前からムー連邦の監視下に置かれており、未知の技術を持つ陸上人の出現をムー連邦は一級の警戒態勢で監視した。四人の子供たちと青いタヌキの一味という緊張感に欠ける来訪者をマリアナ海溝にバトルフィッシュが侵入したかのような厳戒態勢で迎えており、子供たちがカメラで記念撮影をはじめたのを見て、その場にいた警備隊員は皆、苦笑して見守ったものだ。ただ、偶然にもバーミューダから引きあげた沈没船を子供たちに発見され、一人の少年がメインマスト上から大声を上げた時、過剰とも思えた厳戒態勢が生きた。 

 

「ドロが舞って陸上人を見失ったな。注意をこちらに向けるチャンスだ」

「全機! エル・ダイ艇で擬態を解き、首都と反対方向にバトルフィッシュをおびき寄せる。バトルフィッシュの後方を取り演習通り奴を無力化してくれ!」

「「了解!!」」

 巡視艇の艤装である光学迷彩をダイが解除し、同時にバトルフィッシュの注意をひくための空攻撃を行う。目論見通りにバトルフィッシュは陸上人の子供からエルとダイの巡視艇へと攻撃目標を移し追跡を開始した。バトルフィッシュの鹵獲によるアトランチス内部情報の入手はムー連邦の人間には金塊などとは比較にならない垂涎ものの宝だ。終わりのない殺人機械との戦争に終止符を打つために相手のことを深く知る。やっていることは賽の河原で石の塔を積みあげるような苦行だが、ここ十数年でバトルフィッシュの研究は飛躍的に進んだ。今の科学省長官は歴代でも屈指の天才と言われ、彼の手で作られたBF戦闘教本と強化された巡視艇は戦闘生存率を一気に押し上げた。また闇に包まれたポセイドンへの手がかりを見つけてくれると期待されている。近年、ここまでお膳立てされたバトルフィッシュ鹵獲作戦はなかった。エルたち警備隊のボルテージが上がるのも無理はない。このバトルフィッシュがどうやってマリアナ海溝の最深部であるムー連邦の国境付近にまで探知網にかからずに潜行できたのか、それも鹵獲して研究すれば判明するはずだ。

 のび太がドロの中で息を潜め巨大怪魚から身を隠し、ドラえもんたちが沈没船の中を探索するなか、無人戦闘艦バトルフィッシュはマリアナ海溝の奥へと消えていった。