(前回の続きから)
ドラえもんは左手で海溝上部を指し示し、地球最深部に到達したことを高らかに告げた。のび太たちは自分たちが辿ってきた海溝を仰ぎ見て、遥か海の底までやってきたことを実感する。人間の五感、持てる感覚をすべて使ってチャレンジャー海淵の世界を感じようとするのび太たちを見て、ドラえもんは苦労が報われた気がした。ロボットであるドラえもんはテキオー灯の効果を得ないで深海に立っており、のび太たちと同じ感覚を共有することはできない。それでも潜行に遅れるのび太を皆がはげまし、のび太がやる気を奮い立たせて最深部まで付いてきたことに喜びを感じていた。
記念撮影をした後は自由行動となり、ジャイアンとスネ夫は気の向くまま散策へと向かう。しずかは泥の採取をして海底生物の観察をしていた。のび太もしずかといっしょに行動し、しずかから深海の様々な知識を説明されては感心して聞き入っていた。しずかは可笑しそうにのび太を見ている。ドラえもんはしずかの深海知識がバギーの受け売りであることを知っており、しずかの話なら素直に聞くのび太を見て微笑ましく思う反面、少し心配になった。のび太は物事を深く考えるのは苦手だが先入観なく物事を見ることができる長所があり、バギーの話もあれで聞く人の興味を引くように工夫してあるので、もし自由な海底ガイドをバギーに任せればのび太でも海底知識を楽しく勉強できたかもしれない。しずかを巡ってひと悶着起きなければ、だが。
「おーい!!」
突如、ジャイアンの大声が海溝中に響いた。水中では音の伝わり方は空気中の何倍も速く、遠くまで届く。ジャイアンの姿は見えないがドラえもんには声の発信源がはっきりと分かった。ドラえもんとしずかはジャイアンの声に切迫したものを感じ、ジャイアンの元へと急ぐ。
二人に遅れたのび太が急坂を上りきると、ドラえもんとしずかが大口を開けて目を丸くしていた。のび太が息を整えながらジャイアンが穴にでも落ちたのかと顔を上げるとそこにあったものとは——
「幽霊船だ!!」
あまりの衝撃に身体が勝手に動き、のび太はしずかに抱き着いた。しずかはのび太など眼中にないように沈没船を見やり、ドラえもんたちが調査に向かうと、制止するのび太を置き去りにして船の甲板へと向かった。
沈没船の甲板はカキとフジツボでびっしりと覆われていた。遅れてやってきたのび太はしずかの側を離れないようにして辺りを見回している。ドラえもんが船の積荷を調べようと船倉内部へ進入して、しずかも怯えているのび太を一人残して船倉へと入った。船倉は空っぽの状態であり、ドラえもんとしずかは拍子抜けしてしまう。この船がバーミューダ沖の沈没船であれば、目が眩むほどの財宝が積んであるはずだった。
「ドラちゃん、これ……黄金のかけらじゃない?」
しずかが床に落ちていた物体を手に取りドラえもんに見せた。黄金色に輝く数センチの金の欠片だった。
「すると積荷は黄金で、だれかがそれを持ち去ったということか?」
でもどうやって……とドラえもんが口にしようとした時、船尾の方から奇怪な物音が聞こえてきた。
「ガ……」 「ガ……」 「ガ……」
音のする方へドラえもんとしずかは移動する。しずかはアヒルの鳴き声のようとドラえもんに言い、ドラえもんは海の底にアヒルがいるだろうかとしずかへ返す。この二人はお互いに自然と相手を尊重するので言っている内容が現実離れしていても、返す言葉が率直すぎたとしても、穏やかでいられるのだ。そして最船尾付近の開け放してある豪華な扉の奥にジャイアンとスネ夫がいて、アヒルの声の正体と真相が判明した。
「ガ、ガ、ガ、ガイコツ……」
この沈没船の船長であったのだろう身なりの良い服装で豪奢な椅子に腰かけた人物がそこにいた。亡くなる際に取り乱すこともなく最期を迎えたのか、机の上には書きかけの厚い本が置かれていた。
「ちょっと失礼いたします……。『翻訳コンニャク』!」
ドラえもんが本の最終ページを読み上げる。
「1534年3月、本船はインカの黄金を積んで出航した。ユカタンを離れ二日後、大あらしに会う」
「やっぱり!!」
「この船はバーミューダ沖からはるばるここへ!! インカの黄金財宝をヨーロッパまで運ぼうとして沈没し、僕たちがテレビで見たあのお宝の沈没船がこいつなんだ!! 凄い、凄いよジャイアン!! 世紀の大発見だ! 僕たちは億万長者だっ!!」
スネ夫の興奮が異様に上がる中、しずかとドラえもんはお互いに顔を見合わせ、ドラえもんがスネ夫に告げた。
「残念だけど船倉は空っぽだったよ。こんな小さな金のかけらは見つけたけど、金銀財宝なんてこの船の中には積んでないみたいだ」
「マジかよ!?」
「本当に!?」
「本当に本当。この船は謎が多すぎる……」
「自然現象では説明できないわ。船内を探せばなにか痕跡が見つかるかも……」
「よし、みんなで徹底的に船内を調べてみよう」
ジャイアンとスネ夫、しずかとドラえもんの二組でくまなく船内を捜索するも、財宝はおろか、船が移動するための動力源も見つからなかった。
「どうしても誰かが運んだとしか考えられない。船が発見され、引き上げ作業が始まろうとする直前、そうはさせないぞと言わんばかりに、わざわざ太平洋の深海に捨てたんだ」
「誰が?」
「なんの為に?」
「どうやって?」
「僕に聞かれても困るんだよな」
これで沈没船の探検は一段落がつき、おおよそ行き詰まりとなってしまった。
「考えこんでても仕方がない。そろそろキャンプへ引き上げよう」
沈没船の甲板に戻ってきた一行。怖くて船内に入れなかったのび太を皆で探すのだが甲板にもマストの上にもいない。今度はのび太が行方不明となってしまっていた。