(前回の続きから)

 

 バギーが自棄を起こし人間に危害を加えようとしてドラえもんに阻止され、即席のバギー糾弾裁判が始まりかけた際、一番冷静だった人物はのび太だった。事件の被害者でもなければ加害者でもなく、日頃からスネ夫ジャイアンにいじめと暴力を受けている身(お互い様だが)としては、バギーに対して荒ぶる気持ちが起きなかったせいだ。だから、しずかがバギーを庇いドラえもんに破壊を留まるように懇願し、ジャイアンスネ夫に「機械に善悪を判断することはできない」と相手の目を見て説得したことに特別な感情は持たなかった。いつものしずちゃんらしい、と漠然と思っただけである。のび太は子供で両親から愛されてドラえもんという頼もしい保護者がいる。いじめられっ子ではあるのだが、基本的に寝れば忘れるので、竹を割ったような性格の人間だ。いつでもどんなときでものび太らしい、そのことは人からからかわれたり、じれったく思われたりと人生で得をすることは少ないけれど、いっしょにいる人からは安心感を持たれている。ドラえもんも密かに誇りにしていることだろう。

 この場はドラえもんがしずかの意思を尊重し、ジャイアンスネ夫に反省を求め、そして……

 男性陣でバギーを起こし、ドラえもんがバギーに話しかけようと一呼吸置いた時だ。バギーは静かにアイドリング音を奏でたかと思うと、しずかにボデーを擦りつけるような動作をした。全員が耳を疑ったが、ネコが喉を鳴らすような音を聞いた。

「甘えているよ。変な車」

 のび太が(思っていてもなかなか言えないようなことを)言った。ドラえもんは毒気を抜かれ、一同はバギーへの不信感が不思議と消えていることを感じていた。