(前回の続きから)

 

 テキオー灯の光を浴びて過酷な環境に人体が適応できても、そのままでは長期の生命活動を維持することはできない。死なない身体に変身するのではなく、肉体を地上と同じ生活ができるように変化させることがテキオー灯の効果だからだ。私たちが何気なく過ごしている日々の行為、食事や運動、睡眠や呼吸といった活動が生命維持に必要となる。キャンプに戻ってきたのび太たちは食べ損ねた朝食の分も合わせて、昼食を大いに食べ、食後の休憩として個室で30分ほどの休み時間をとった。ドラえもんは午後の予定としてマリアナ海溝探検を計画し、バギーと計画を練っていた。狙うは世界最深部であるチャレンジャー海淵である。到着するまでのルート選びでドラえもんとバギーとで意見が分かれた。

「やっぱり身体一つで到達してこそ喜びが大きいと思う。エベレスト山頂にハイヤーで乗り付ける登山家なんて聞いたこともない」

 ゆずれないぞ、とドラえもんがバギーに話しかけた。バギーが応える。

《ボクガイレバ、ドウチュウ危険ナコトガ起キテモタイショデキマス。昨日ノカイテイカザンノコトヲワスレタノカ

「う…それを言われると弱い。それでもスリルと冒険を安全で秤にかけたくないんだよなあ。いま、僕はかつてないほど、のび太くんたちに海底のロマンを感じてほしいんだ。きみの言うことは一理あるけど本当のところひみつ道具を駆使すれば対処はできる。ここは僕の顔を立てて、海溝の上で待っていてほしい」

《……シカタナイデスネ

 バギーがフロントグリルからため息のような気体を吐き出した。皮肉のバリエーションが多彩になってきている。ドラえもんもカチンとは来たが無言でいられるよりはずっとましなので怒ったりはしなかった。

「じゃあ出発の時間まで待機していてほしい。僕はちょっと用事があるので失礼する」

 出発まで、あと20分ほどの余裕がある。それまでに対処しておきたい事案がドラえもんにはあった。キャンプに戻るまで一言も会話に参加しようとしなかったスネ夫のことだ。ジャイアンがいつもの陽気さで振る舞うのとは対照的にスネ夫は黙り込んでいた。バギーのことで思うところがあるのだろう。話を聞いて、いつものスネ夫に戻ってほしかった。個室のドアをノックすると中からスネ夫の声がした。

「だれ…? ドラえもんか。開いているよ、どうぞ」